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11月, 2025の投稿を表示しています

民族衣装

 みんなさん、こんにちは。私は中国の漢人として、「漢服」という民族衣装を少し紹介しております。 漢民族は中国の主な民族として、総人口の九十パッセント以上です。五千年以上の長い歴史もあるので、漢服の発展も長年に経てきました。 男性の漢服は、女性のような艶やかさじゃなかったです。でも、基本的な設計は、似ていると思います。 以上の服装は、よく祭り、食事などの場合に行くとき、着る服装です。どちらも地位がある人が着られる服装ですから、礼服のような感じです。着方も難しいそうです。 庶民なら、動きやすいは一番大切なので、これみたいな感じです: 明朝まで、漢服は韓国や日本の民族衣装に影響を与えたそうです。でも、清朝の後、満州人の影響のため、「旗袍」という服装が出来ました。大変大きな変化があります: 私が旗袍のことは綺麗だと思っているけど、漢服の設計と全然違うし、艶やかすぎるし、個人は漢民族の民族衣装として認められないです。

子供たちとのランゲージエクスチェンジ

 子供たちとのランゲージエクスチェンジは、よかったと思います。 ビデオを通して、子供たちが英語で色々なところを紹介してくれて、面白い景色と歴史を学びました。 姫路城のことだけじゃなくて、子供たちと休み時間の好きなこと、好きな食べ物、将来の夢なども話しました。勉強になりました。 僕たちも英語と日本語で日常について話しました。さらに、子供たちの英語力を認めて、励ました。 ステラさんと私と話してくれた子供たちは、ゆあさん、もなさん、ここなさんでした。皆はちょっと恥ずかしがっていたけど、話した英語はわかりやすくて、よかったと思いました。私のその時と比べて、素晴らしいと思います。これからもよく英語を使って、きっとできるようだと思います。 子供たちへのメッセージ:英語を勉強して、世界の広さを自分で見ます。今からも頑張りましょう!

中学校の国語の先生との思い出

 保育園から、たくさん優しい先生にお世話になっておりました。先生達の指導がなければ、今の成果にきっと達成できないと思います。でも、荻内先生のブログを読んだ後、思い浮かぶ先生は、中学校の国語先生です。 私は、小学校から、ずっと理系の成績は文系より良かったです。両親は心配して、中国の受験教育に勝てないと思っていました。そして、中学三年生になる時、アメリカの高校に行かせてくれました。この状況は学校の友達を伝えて、段々先生たちも存じました。私の中学校は河南省にございまして、出国の方は少ないと考えています。それで、先生たちも私の留学することを祝福なさいました。 ある日、国語の先生も私をオフィスにお呼びになりました。国語の先生は五十歳以上の女性の方でしたから、三年間私たちを国語を教えてくださいました。先生の話はいつもゆっくりなさって、慈愛に満ちて、一度も怒られることもないと考えています。でも、私は国語の成績は良くなかったし、国語に興味もあまりなかったので、国語の先生とほとんどお話ししなかったです。 国語の先生のお呼びかけることと他の先生の区別するものは、祝福だけじゃなくて、中華文化などのトピックを議論してくださいました。実は、先生が教えられた詳しい内容はあまり覚えられないですが、大体の内容は「中華文化は中国人の根ですから、アメリカに行っても、中華文化を勉強続けてください。さて、外国人にも中華文化を紹介しましょう。」です。 その時、私は外国のことは興味深いと思いました。外国のものは中国よりよかったと思っていたし、中華文化は中国の弱さの原因と考えていました。それで、先生のお話を承知しましたけど、心の中では認めていなかったです。先生は多分私の口では従うが、心の中では反抗するを察しましたから、ため息をつきまして、私を行かせて下さいました。 でも、外国に行った後、アメリカの高校でどんのように外国文化に触れてみて、できなかったです。よく考えたら、段々先生の話を理解できました。私は中華文化に嫌いだったけど、先生が言われた通り、中華文化は私の根で、心の中にもう認めておりました。それで、高校生になる時、逆に国語や中華文化に興味がございました。中華文化に対する偏見を解消した後、その広さと大きさを感じられております。 三年のアメリカの高校生活も速かったです。中学校の友達も高校から卒業しました...